行政書士の求人状況
理想と現実
行政書士の求人と「資格で就職」
僕もあなたと同じように、行政書士の資格で就職しようと思っていました。僕が行政書士を目指したのは20年ほど前のことでした。それまで、行政書士という資格は漫画で読んだことがあるぐらいで、 実際何をしているか、どんな仕事をしているか全く知りませんでしたし、行政書士に会ったことも見たこともありませんでした。
半年で合格でき事務弁護士で年収は数千万
たまたま本屋さんで立ち読みした本に「今からでも間に合う資格」として行政書士が紹介してあったのがきっかけでした。そこには行政書士は、海外ではソリシター(solicitor)といわれる法廷に立たない事務弁護士のことで、年収は数百万から数千万、資格取得難易度は「★★」、半年ぐらいの勉強で合格可能、しかも就職、転職に有利で独立開業も簡単にできる有望資格と書いてありました。
「半年で合格できて、事務弁護士で、年収は数千万!しかも、就職、転職に有利で独立開業も簡単にできる、よくわからないけど弁護士の仲間らしい!これはすごい!」と興奮したのを今でも鮮明に覚えています。
行政書士試験の勉強を始めた頃はまさか自分がいばらの道を進んでいるとは夢にも思っていませんでした。行政書士の収入、行政書士の仕事内容、行政書士と司法書士の違い、いろいろな本を読みあさりました。調べれば調べるほど、行政書士の仕事が面白そうで、早く実際に仕事がしてみたいと日に日に強く思うようになりました。
今思うと赤面ものの恥ずかしい履歴書です
早く行政書士の仕事がしたくて、電話帳で、行政書士事務所を調べて、まだ、試験を受けてもいないうちに、勝手に履歴書を送りつけたこともありました。「現在、行政書士資格取得を目指して勉強しています。行政書士の仕事に興味があります。ぜひ、働かせてください!」今思うと赤面ものの恥ずかしい履歴書です。
当然ながら、結果は「現在、求人はしておりません」と履歴書が送り返されてくるだけで、行政書士を目指して勉強しているだけの人間を雇ってくれる人は誰もいませんでした。一通だけ、「今は合格を目指してがんばってください」と書かれて返送されたときはとても感動しました。そのときは、まだ資格がないからだめなんだ、行政書士試験に合格していないから誰も雇ってくれないんだと本気で思っていました。
行政書士に裏切られました
「資格があれば大丈夫、手に職があれば安心」と両親に散々言われて育った影響で、「行政書士は転職、就職に有利!独立開業も簡単にできます!」という行政書士資格予備校のパンフレットの謳い文句をまったく疑いもしませんでした。
1月の行政書士試験の合格発表の前日は合格がわかったらすぐに履歴書を送付しようと朝から28枚の履歴書を書き上げ、夜は布団の中でドキドキしてなかなか寝付けませんでした。翌日、自分の受験番号を合格者番号の中に発見したときは「よし!これで就職OK!金バッチOK!年収1000万!」とパソコンの前で思わず小さくガッツポーズをとっていました。
その日のうちに郵便局から履歴書を送りました。翌日から1日に何回も郵便受けを覗いて、面接のお知らせが来るのをわくわくしながら待っていました。しかし、何度郵便受けをのぞいてもどこからも何の返事もありませんでした。そして、2週間もたたないうちに、資格予備校がうたう行政書士の就職転職に有利という理想と、現実の行政書士の求人状況の間には天と地の差があることを思い知らされました。
現在、行政書士の求人はしておりません
「求人はしておりません」「募集していません」と返事があるところはまだましでした。まったく返事もなく無視されるところも少なからずありました。我慢できずに数件の行政書士事務所に電話してみました。誰も出ない事務所、急にピーヒョロヒョロ~とファックスに切り替わる事務所、ただいま転送していますとアナウンスが流れる事務所、「はい、○○です」と個人名で出る事務所、現実をたたきつけられました。自宅でひとり、家庭用のファックスで、スタッフを雇う余裕もない、それが行政書士事務所の現実でした。家庭用のファックスを使っているのに人を雇う余裕なんかあるわけがない、「行政書士に裏切られた」そう思いました。
行政書士は法廷に立たない事務弁護士のことで、行政書士の年収は数百万から数千万、就職、転職に有利な有望資格って書いてあったじゃないか・・・
議員の紹介で行政書士事務所に就職
とにかく行政書士の実務を経験したい、実際の仕事に触れてみたい、1年、いや3ヶ月行政書士事務所で勤めれば、大体の仕事のやり方はわかるはずだ。まずは雇ってくれるところを探そう、まずは行政書士の求人情報を探そうと必死でした。今は合格発表の直後だから、たまたま求人情報が少ないのかもしれない。そう思い込もうとしていました。
親戚、友人、親、親の友達、親の会社の社長さんまで、とにかくどんなつてでもいいから、行政書士事務所を紹介してもらおう、給料はなくてもいいから、3ヶ月だけでも雇ってもらおう、そうすれば何とかなる、そうすれば・・・。
あちこちに「行政書士事務所を紹介してほしい」とお願いしているうちに知り合いの知り合いに議員さんを知っている人がいるという情報がはいってきました。そして、その人に議員さんを紹介してもらったら就職の世話をしてくれるらしいという話を教えてもらいました。
すぐに連絡しました。「議員さんを紹介してください!」 3日後、言われたとおり、履歴書を持って宝塚のファミリーレストランへいきました。やくざみたいな人だったらどうしようと思いながら、ファミレスで待っていると、人のよさそうな小柄なおじいさんが「中山さんですか」と尋ねてきました。
小柄なおじいさんは僕の前に座ると、「履歴書持ってきた?」といい、僕から履歴書と5万円入りの封筒を受け取って、なぜか突然、姓名判断を始めました。しばらくして「いい運勢だから就職は大丈夫でしょう。また連絡しますね」と言って何もオーダーせずに帰りました。5万円は紹介料です。お金を払ってでも、行政書士事務所に就職できればあとはなんとかなるとまだ思っていましたので、悪いとは思っていたのですが、娘の出産祝いの貯金からこっそり5万円を下ろしました。
結局、その議員を紹介してくれるといったおじいさんとはそれっきり2度と会うことはありませんでした。娘の貯金にまで手をつけて、うれしそうに5万円を差し出した自分が情けなくて涙が出てきました。もう何も考えつかなくて受験生時代に履歴書を送って、「今は合格を目指してがんばってください」と返事をもらったところに電話しました。
雇ってくれとはいいません
「雇ってくれとはいいません。お願いします。話を聞かせてください!」ぼくがあまりしつこかったからか、哀れに思ったのか、電話越しに行政書士求人の実態を話してくれました。
「もう、うすうすわかってると思うけど、行政書士の求人なんてほとんどないんですよ。実際に見たことありますか?行政書士の求人、あっても資格予備校の講師ぐらいだとおもいますよ。結局のところ行政書士は開業するか、行政書士をあきらめるかどっちかしかない商売なんです。もともと行政書士という資格で就職するという選択肢はないんですよ。行政書士の会報にも「仕事を探しています」という人が載っているけど、就職できたという話は聞きませんね。行政書士の資格で就職という道のないところを進むのはいばらの道で、みんなここであきらめるか開業するかどっちかですね。お子さんいるんでしょ。考え直したほうがいいんじゃないかな」
行政書士をあきらめよう
「結局のところ行政書士は開業するか、行政書士をあきらめるかのどっちかしかない商売。もともと行政書士で就職するという選択肢はないんですよ。」この言葉が頭の中で何度も何度もこだましました。
学歴もなく、30才をすぎて、特別なことは何一つできない仕事も就職先もない、もうどうしていいかわかりませんでした。試験に合格さえすればなんとかなるんじゃなかったのか・・・娘の寝顔をみているとなぜか不思議と涙がでてきました。もう貯金も残り少ないし、バイトでも探そう。行政書士はもうあきらめよう。
近所の本屋でアルバイト情報誌を立ち読みしているときに、友人にたまたま会いました。
—あれ、バイトすんの?行政書士受かったんじゃなかったっけ?
「いやぁ、いろいろ就職活動手伝ってもらったんだけど、結局、行政書士って開業するかあきらめるかなんだってさ」
—開業するっていくらかかんの?
「登録費用やもろもろで50万ぐらいじゃないかなぁ」
—えぇ、まじで?そんな安いん?そんなんで社長なれるん?めちゃめちゃラッキーやん。そんなんやったら就職なんかせんと開業したらええやん—
「開業できたらええねんけど、仕事のやり方がまったくわからへんねん」
—アホやなぁ、せっかくとった資格なんやろ。とりあえず開業してやってみたらええねん。で、アカンかったら、そのときバイトしたらええやん—
「そうはいうけどなぁ・・・」
—開業して何のリスクがあるんや?最悪、開業資金がなくなるだけやろ。吉田なんか、化粧品屋するいうて2500万ぐらいかかったらしいで。メイクの学校だけでもウン百万言うとったわ—
「まぁ、2500万と比べたら50万ぐらいしれてるけどなぁ・・・」
—結局、金の問題やないんちゃうか?—
「かもしれんなぁ・・・」
—車一台買ったおもて、とりあえずやってみて、アカンかったらバイトしたらええねん、バイトなんかいつでもできるんやから—
『バイトはいつでもできる』『行政書士で開業して失敗してもせいぜい登録費用を損するだけ』『金の問題じゃないんじゃないか?』本屋さんからの帰り道、友人に言われた言葉が頭の中でくるくる回っていました。
今から考えると、買うつもりで右手に握っていたたアルバイト情報誌を元に戻して、何も買わずに本屋さんを出たときには、もう決心がついていたんだと思います。家に帰ったときには行政書士会への登録に必要なものを調べていました。
「もう、二度と履歴書は書かない、人に雇われるのではなく自分の行政書士事務所をもつ」そう思いながら、登録に必要な書類を集め始めました。これが僕が行政書士の開業を決心したときの話です。
行政書士、開業前と開業後
現在、僕は開業前と全く違う人生を生きています。人に雇われずに自分のやりたい仕事をしています。そして、実務研修を通じて何百人の行政書士有資格者の方とお会いした結果、あれから何年もたった現在でもやはり感じるのは行政書士の資格で就職するのは難しいということです。
この行政書士の求人があまりない、行政書士で就職はむずかしいという状況は行政書士という資格が使えない資格だからではなく、行政書士の資格の本来の特性によるものです。
行政書士の業務の基本は書類の作成です。書類の作成は建築現場が20件あれば20人の大工さんが必要なものとは違い、20件の仕事を同時に受けても資格者が1人いれば書類を作成することはできます。
そして仕事が増えて1人で処理できないような状況になっても資格者が1人いれば、他のスタッフは資格者でなくても仕事をこなすことができます。このような行政書士の業務の特性から忙しい事務所でも資格者は1人で十分で、あえて行政書士資格者を雇う必要がないことになります。
行政書士法人の設立が可能となった今でもこのビジネスの特徴から行政書士の求人はほとんど増えてはいません。今でも行政書士の資格予備校は転職、就職に有利だというようなことを書いていますが、もしあなたが僕と同じように行政書士で就職しようとか行政書士の求人情報を探そうと思っていたら、この話を一度思い出してみてください。
そして、もし行政書士として就職が難しかったら、あなたの力を存分に発揮できるあなた自身の事務所を開くことをチラッとでも考えてもらえたらとても嬉しくおもいます。
行政書士での開業は楽して金儲けができる世界ではありませんが、とてもやりがいのある、毎日がわくわくする世界がひろがっています。